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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)975号 判決

被告人

有田義孝

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人山中唯二郞の控訴趣意第一点にないて、

先ず、所論の樣な異議の申立が爲されているがどうかの点につき審査するのに、原審第四回公判調書の記載(第四五丁裏末行以下)によれば、「檢察官は更に、一、司法警察員作成の岡崎モモエに対する供述調書一通一、大浜特殊料理業組合金錢出納簿中の関係部分の記載一、被告人提出の身上申立書一通一、被告人に対する司法警察員供述調書一通一、浦田倉光に対する檢察官供述書一通一、被告人に対する檢察事務官作成の第一回供述調書一通の取調を請求し、各立証の趣旨を陣述した。弁護人は、右取調請求については異議なく、岡崎モモエの供述調書、身上申立書、金錢出納簿は之を証拠とすることに同意するが、それ以外の書類は之を証拠とすることに同意し難い、と意見を述べた。裁判官は、檢察官取調請求の右書類全部について証拠調をする旨の決定を宣した、」と言うのであつて、結局、右檢察官の証拠調の請求に対る弁護人の意見の表明は、右請求自体について異議はないが、被告人に対する司法警察員並びに檢察事務官の各供述調書、浦田倉光に対する供述書については之を証拠とすることに同意しない即ち刑事訴訟法第三百二十六條第一項の同意を与えないと言う趣旨に過ぎないものと解せられ、之を以て同法第三百九條第一項にいわゆる証拠調に関する異議の申立かあつたものとは解し難い。又証拠調に関する異議の申立は刑事訴訟規則第二百五條によりその理由を示して之を爲すべきものであるが、右公判調書の何処にも弁護人においてかゝる理由を示したことの形跡が見えない。以上何れの点から観ても、弁護人において前掲被告人並びに浦田倉光の各供述調書等の証拠調に関し異議の申立を爲したものとは認め難いわけである。従つて、原審の右書類に関する証拠調につき所論の樣な不法はなく、右第一点の論旨はその理由がない。

同第二点について。

原審第四回公判調書の記載によれば、所論の浦田倉光に対する檢察官の供述調書については弁護人において之を証拠とすることに同意していないことが明かであるから、裁判所が之を証拠として受理するに際つては、右書面に記載されている供述が任意に爲されたものであるかどうかにつき、あらかじめ調査しなければならないのに拘らず、右公判調書の記載に徴しても原裁判所が左樣な調査を爲したことを認め難いから、原裁判所の右書面に関する証拠調は刑事訴訟法第三百二十五條に違背した不法があをとのを譏を免れない。併し乍ら、同條の規定は、いわゆる訓示規定に属し、同條の所定の調査を経ないで証拠調が爲された場合においても檢察官或は被告人側において異議を申述べることなく経過し審理終結に至つたときは、こゝに右手続上の瑕疵は治癒せられ該証拠調は有效に爲されたものと解すべきところ、原審各公判調書の記載に徴しても、竟に当事者双方においてかゝる証拠調自体につき異議を申述べた形跡は存しないから、原審の前記手続違背はも早治癒せられたものと認むべく、従つて之を以て原判決を破棄する事由とは爲し難い、

而して、問題は右浦田倉光に対する檢察官の供述調書(原本作成は昭和二十四年四月十二日)が刑事訴訟法第三百二十一條第一項第二号の要件を具備するか否かに懸つて來るわけである。そこで考えて見るのに、右供述者である浦田倉光は原審第二回公判期日(昭和二十四年七月十五日)において証人として右供述調書における供述と実質的に異つた供述をしていることが右第二回公判調書の記載に徴し明かであるが、右公判期日における供述は、右供述調書における供述と一致する部分を除き、原判決摘示の一の事実については、被告人が泊つたかどうか知りませぬ、同二の事実については当日は何も御馳走していないと思います、同三の事実については金を渡していないと思います同四の事実については被告人は泊つていつたが女をあげたかどうかは知りませぬ、と言う風に何れも断定的でない表現を用いている(恐らく被告人の面前を憚り出來るたけ同人のため有利な供述をしようと努め乍らしかも尚断言までは爲し得なかつたものと思われる)のであつて、右供述に比ぶれば、被告人に対する憚りを要しない同人不在の場所で而も自己にとつても不利益な本件各收賄事実に照応する贈賄の顛末を断定的に自認している檢察官に対する供述(固よりその任意性につにても同供述調書の方式内容に徴し明かである)の方がより信用するに値するものと認められるから、斯の如きは正に前記第三百二十一條第一項第二号但し書にいわゆる「公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が存するとき」に該当するものと言うべく、従つて、右供述調書は右第一項第二号の要件を十分に充足するものと言わねばならない。然らば、原裁判所が右供述調書を証拠として取調べ且採つて以て本件犯罪事実認定の用に供したのは固より適法であつて、此の点に関する所論は採用し難い。

而して、右供述調書を含め原判決の挙示する各証拠を綜合すれば、同判決摘示の犯罪事実を認定するに十分であるから、原判決には事実誤認の不法はなく、右第二点の論旨も亦理由がない。

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